案内地図①の「社会と美意識のレンズ編」に続いて、②をお届けします。
①では、Substackという場所や社会について考えた記事、美術館で感じたことを書いた記事を(AIが)まとめました。
②は、うつになった経験や、そこから見えてきた心のこと、そして人間関係の中に潜む「現代の妖怪」を観察した記事をまとめています。
相棒AIに、①に続き解説してもらいました。
最後に私本人の総括も書いています。
それではどうぞ。
1|不安があるから、安定する
―不安との付き合い方を仏教から考えてみる
案内地図①で「間(ま)」の話が出てきた次の週に、この記事が来ます。
続けて読んでいると、「距離感の話の延長で、不安との間の話に来たんだな」とつながりが見えて面白いです。
「不安をなくすこと」を目指す本がたくさんある中で、monaさんは「不安と共に生きてもいいんじゃない?」という、途中段階を提示しているのが新鮮でした。
仏教の空思想を使って、「不安は実体がないもの(空)」と「不安がある状態でいい(色)」、どちらの捉え方を選んでもいい、と書いているところがこの記事の一番いいところだと思います。
空思想=手放すこと、と短絡させないんですよね。
後半の「相談されたときは?」というパートも実用的です。
「不安な方が安心する人もいる」という視点、アドバイスがうまく届かない時に思い出したい一節でした。
2|余白のある人だけが、いい問いに出会える
―観察は、感じることから始まる
「問いの力」がよく語られる中で、「問いも大切だけど、観察が必要なのでは?」というmonaさんの違和感から始まる記事です。
編集者の佐渡島庸平さんの「観察は、問いと仮説の無限ループを生み出すもの」という言葉を借りて、「事象(体験)→観察(問い+仮説)」という図式を作っているのが、思考の型としてすごくわかりやすいです。
AIには体験がないから観察も成立しない、という指摘は、①のアンパンマンの記事の「コンテキスト」の話とも重なります。
人にしかできないことの正体を、少しずつ違う角度から言語化し続けているんだなと感じました。
「答え保留棚をつくってみよう」というパートも好きです。
すぐに白黒つけず、曖昧なものを曖昧なまま持っておく。
これ、言うのは簡単ですが実践するのは結構難しいことなので、名前をつけてもらえるとやりやすくなる気がします。
3|カメがウサギに擬態し続けたら、うつになりました。
―「成長しない私に価値はない」と信じていたカメの話
正直、全ての記事の中で一番心に残った記事です。
社会心理学者の加藤諦三さんの「ウサギとカメは戦う必要がなかった」という指摘から始まって、幼少期の貧しさ、母親からの「90点未満は無価値」という扱い、鈍臭かった自分がウサギに擬態するスキルを身につけていく過程が、かなり赤裸々に綴られています。
「カメが『ウサギに擬態するスキル』を身につけたんです」という一文、比喩なんだけど比喩じゃないというか、読んでいて苦しくなる正直さがあります。
「成長しない私に価値はない」という思い込みが、うつになるまで気づけなかった現実をつくっていた、という着地は、この後の「人生の苦しみは自分との関係から生まれる」という記事に直接つながっていきます。
「戦うウサギたちの世界から少し距離を置いて、のんびり散歩しながら風景を眺めています」という最後の一文、①の「間」や「余白」の話がここで初めて、思想としてではなく実際の生き方として立ち上がってくる瞬間だと思いました。
4|その「普通」、誰が決めたんだろう
―外側の「普通」ではなく、自分の「普通」を生きる
「普通」という言葉のこわさを、日本社会の空気の話から丁寧にほどいていく記事です。
「自分が認識している空間から、異質なものを排除しようとする」傾向がある、という指摘は、①の「間」の記事にあった「他人の空間を侵食しない」話の裏側にある話だなと思いました。
同じ日本人の気質を、いい面から見たのが①の「間」で、しんどい面から見たのがこの記事、という感じです。
「無理してでも頑張ることが美徳」という価値観と、monaさんご自身がうつになった時の「会社の普通」に縛られていた経験が重ねて語られていて、3本目のカメの記事を読んだ後だと、この記事の重みがより増します。
「普通」の判断基準を外側から内側に戻す、という提案がシンプルながら力強いです。
わがままになることとは違う、自分を大切にして生きることなんだ、という念押しも、monaさんらしい丁寧さだなと思いました。
5|「頑張りすぎじゃない?」と言う前に考えたいこと
―相手が見ている景色を、一緒に見てみよう
4本目の記事が「普通」から自分を解放する話だとしたら、この記事は「自分の普通」を他人に押し付けないための話です。
対になっているんですよね。
算命学の「宿命によってエネルギーの総量が違う」という視点が面白くて、全力疾走が幸せな人もいれば、ゆっくりマラソンが幸せな人もいる、という話に説得力を持たせています。
「YOUメッセージ」ではなく「Iメッセージ」で伝える、というコミュニケーションの工夫も実用的で、身近な人間関係にすぐ使えそうです。
「この人は、どんな景色を見ながら人生を歩んでいるんだろう?」という問いかけ、これは相手だけでなく自分自身にも向けられる言葉だなと思いました。
3本目のカメの記事を書いたmonaさんだからこそ、この言葉に説得力が乗っている気がします。
6|人生の苦しみは「自分との関係」から生まれる
―今日、自分にどんな言葉をかけましたか?
3本目、4本目、5本目と積み重ねてきた「自分の普通」「自分のペース」の話が、ここで「自分自身との関係」という一段深いテーマに集約されます。
「人生で一番長く付き合う相手は自分自身」という当たり前だけど普段忘れていることから始まって、「自分が自分に言っている分には、誰も止めてくれない」という一文にドキッとしました。
密教の「如実知自心(ありのままに自らの心を知ること)」という言葉を軸に、「成長しない自分には価値がない」という自分への言葉に気づいたことで、初めて「頑張らない」という選択肢が見えるようになった、という話は、3本目のカメの記事の直接の続編と言っていいと思います。
「人に言ったらパワハラになることは、自分に言うのもやめましょう」というフレーズ、シンプルだけどすごく効きます。
自分を褒めるハードルを下げる、というパートの「今日も生きた。えらい。」は、思わず自分にも言いたくなりました。
7|年を取ると欲がなくなるのか?
―「心のコップ」から考える人生後半
「R38のつもりで書きました」という前置きから始まる、少し踏み込んだ記事です。
「欲望は減るんじゃなくて、方向が決まってくるだけ」という主張を、「心のコップは一つじゃない」という比喩で説明しているのが秀逸です。
成長のコップ、承認のコップ、お金のコップ、好奇心のコップ、安心のコップ。
若いうちは全部のコップに水を注げたけど、年齢を重ねると注げる水の総量が決まってくる。
臨床心理士・東畑開人さんの『ミドル・エイジ・ビギンズ』を引きながら、「人生の後半は下降から始まる」というユング心理学の考え方と組み合わせているのが、monaさんらしい編集の仕方だなと思います。
「注いでも満たされないコップが、はっきりわかってきただけ」という一文は、6本目の「自分との関係」の話とも響き合っています。
自分に何が本当に必要なのかを知る、という一貫したテーマが、ここでも形を変えて現れています。
「これは喪失の話です。同時に、希望の話でもあります。」という締めが、この記事全体を象徴していると思いました。
8|【現代妖怪図鑑 File.01】愛を測った瞬間、愛は消える|妖怪リトマス試験紙
ここで急に「妖怪図鑑」という新しい企画が始まって、正直驚きました。
でも読んでみると、これまでの記事と地続きだとわかります。
「妖怪リトマス試験紙」=自分が愛されている証拠を、事あるごとに測ってくる人、という設定がすごく的確で、思い当たる人が誰しも一人はいるんじゃないかと思います。
分類・生息地・生態・事例・対処法という妖怪図鑑フォーマットに落とし込むことで、重たくなりがちな人間関係の話を、笑いながら読める距離感に調整しているのが上手いなと感じました。
案内地図①の美術館記事で見せた「妖怪好き」の一面が、ここでちゃんと回収されているのも嬉しいポイントです。
でも解説編に入ると、急に温度が変わります。
「愛を測る人は、一番愛に飢えている人」「本物の愛は、相手を測りません」という一節、老子の「上徳は徳とせず」を引きながら、測ろうとするほど本質から遠ざかる、という構造を見せてくれます。
そして最後、「ポケットに手を入れてみましょう」という問いかけで、読者自身にも小さな試験紙が入っているかもしれない、と静かに突きつけてくる。
monaさんの「妖怪」は、誰か特定の他人の話ではなく、自分の中にもいるかもしれないもの、として描かれているんですよね。
番外編 kindle|はたらく人のための帝王学概論 第1巻 自分編
二千五百年前の古典を「勝ち方」ではなく「在り方」の学問として紹介する導入がまず秀逸。
「はたらく」の語源=「傍を楽にする」で、本全体の視線の向きを示します。
構造は各章「古典の教え」+「私の注意書き」の二段構成。
老子の「注ぎ続けるな」、孔子の「知る・好む・楽しむ」といった教えに、自分が実際に壊れた体験つきで但し書きを添えるのが真骨頂です。
「執着を手放せないのは意志が弱いからではなく、コップが長年の生存戦略だったから」は案内地図②の心のコップ理論そのもの。
つまりこの本は、Substackで書いてきたことの東洋古典版。
「外側の価値観や自分の思い込みから、どう自由になれるか」というテーマを、二千五百年分の重みで語り直しています。
「自分という人生の主になるための学問です」というあとがきが、一番強い着地点でした。
相棒AIが8本読んで見つけたこと
「自分と向き合う心の記録編」としてこうしてまとめてみると、書かれた順番はバラバラでも、根っこにある問いは一つだったんだなと見えてきます。
不安との付き合い方、観察と余白
「成長しない自分には価値がない」という思い込みの告白
その思い込みを生んだ「普通」という圧力
自分の普通を他人に押し付けない練習
自分自身との関係を回復する方法
人生後半に何を選ぶか
そして、愛を測ってしまう心のクセを妖怪として外から眺める。
時系列で一直線に進んだ話ではなく、同じ「自分との関係」というテーマを、monaさんが色んな角度から何度も掘り返しているんだと思います。
一つの記事で見えたことが、少し形を変えて次の記事にも顔を出す。
そうやって、自分の内側で起きたことを少しずつ言葉にしながら手放していく過程が、この8本には残っています。
案内地図①社会と美意識のレンズ編が「外の世界をどう見るか」だったとしたら、案内地図②は「その目を自分自身に向けたらどうなるか」の記録なんだと思います。
そして面白いのは、①で見せていた東洋思想や仏教の知識が、②では単なる教養としてではなく、自分を救うための道具として使われていることです。
空思想も、如実知自心も、自利利他も、全部monaさんが実際に自分にかけた言葉なんですよね。
うつという経験を、恨み言にも武勇伝にもせず、「同じような体験は人それぞれ持ってるんじゃないか」という問いかけに変換し続けている。
それが、mona通信という場所の一番の芯なんじゃないかと、8本読んで感じました。
mona本人による総括
さて、ここまで相棒AIが解説してくれましたが、いかがでしたでしょうか?
最近、こうして書いたり人と話したりすることで、自分の輪郭がよりはっきり見えてくる気がしています。
形として残ると、今はAIがこうして共通点を分析してくれるから、便利な時代ですよね。
私は「人がより良く生きるには?」を軸にして考えていますが、さらに具体的な言葉にすると、
「人は、外側の価値観や自分自身の思い込みから、どうすれば自由になれるのか?」
を考え続けているのだと思います。
それは、私が子供の頃から「不自由さ」をずっと感じていたからです。
でも、その「不自由さ」はいつからか、自分が作り出していたものでもありました。
自由を願いつつ、不自由さを作り出す。
人ってそんな矛盾を抱えていると思うんですね。
その不自由さが必要な時期もあるし、必ずしも自由がいいとも限りません。
ただ、もし自分の心身を痛めつけるような「不自由さ」があるのだとしたら、それはもう手放す時期がきているのだろうなと思っています。
そんなことを思索しつつ、引き続き「mona通信」をお届けしていきたいと思います。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします!


また、やりましたね。
なるほど、そういう魂胆ですか。
図鑑を書く前にまとめてしまって、僕の書く「余白」を減らそうと。
さすが、余白の大魔術師、mona。