コメント1件
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舞原詩音 | Cross‑Cultural Writerのアバター

monaさん、「リメイク力」という言葉がとても残りました。

ピカソを、ただの天才としてではなく、見たものを知覚し、考え、自分の表現へ転換していく人として捉えているところが面白かったです。

AI時代の話も、技術論ではなく「受け取った答えを、人間がどう扱うか」というところに戻ってくるのがいいですね。

「AIのおかげで、人の輪郭が、前よりもはっきりと見えるようになった」という一文、かなり好きです。便利な道具の話をしていたはずなのに、最後は人間の顔が見えてくる。美術館帰りの足取りが少し軽くなるような文章でした。

monaのアバター

舞原さん、コメントありがとうございます😊

天才も分解すれば、凡人にも再現性のある部分が見えてきますね。ちょっと勇気が湧いてきます。

AIにできないこと、させてはいけないことの中から、人としての哲学が再発見されている気がしてます✨

張 ひしり|Heuishil Changのアバター

リベラルアーツを新しい角度から見つめるきっかけをいただきました。

リベラルアーツと教養は別ものだと私も思います。

リベラルアーツの理解で、これまで私が触れた中で的を得ているように感じたのは、「精神を自由にするための技術」です。

その技術は直接的な生産には必ずしも結びつきませんが、記事を読んで、ピカソは自身のリベラルアーツの発露として作品を生産した人物として見ることができるのだな、と教えていただきました。

精神の解放の技術を生きたリベラルアーツなオトコ、ピカソ。

その意味でも、リベラルアーツは教養ではないですね。

ピカソが教養を生きたとも、生きようとしたとも思えません:)

monaのアバター

張さん、コメントありがとうございます😊

リベラルアーツは、精神を自由にするための技術。素敵な言葉ですね。

ピカソの自由度の高さは作品からも知ることができますし、展覧会を通してお茶目な人だったんだなと感じました。

ピカソを通してリベラルアーツを知る。これが教養となっていくのかもしれません。