人間味を考える
AIが普及してきたことによって、これまでの価値観が急速に変化しつつあります。
これまで私たちは、資本主義社会の中でスキルや正確さを磨き、「何ができるか」という機能的価値を追求してきました。
ところが、AIというスーパーマンが登場すると、これらは全てAIの得意領域で、正確さもスピードも人の仕事を遥かに凌ぎました。
最初こそ色んなミスがありましたが、日進月歩でAIの正確性と汎用性は増していき、「1ヶ月前にできなかったことが、もうできるようになっている」という状況が続きました。
アメリカではAI活用によって企業のリストラや新卒採用控えが増加し、日本よりも先に「AIが人の仕事を奪う」と言われる世界が現実化しています。
人にしかできないこととは?
そもそも人とは何か?
私たちは突然、そんなやけに哲学的な問いに直面することになりました。
共通テストで9科目満点を取るAIと同じ土俵で張り合ったところで、虚しいだけですよね。
AIができないことを人が担うのが賢明というものです。
ということで、役に立つ(機能的価値)はAIに任せて、人は意味がある(情緒的価値)を担うといいよね、ということが言われ始めました。
AIが完璧だからこそ、人の不完全さや物語性、つまり「人間味」が価値になってくる時代になってきたんですね。
少し前からこの傾向は出てきていて、例えばクラウドファンディングがその例です。
完成品に対価を支払うのが資本主義社会の常識でしたが、クラウドファンディングは完成するまでのその人の物語(プロセス)・情熱・可能性を応援して、お金を出していますよね。
言い換えると、「心意気」という形にないものを買っているわけです。
前の記事で、これからは「個人間推し活」の時代と書きましたが、市場全体がクラファン化していく、とも言えるかもしれません。
……で、人間味とは何か?という話なのですが。
人間味っていうくらいなので、人には「味」があるはずですよね。
文章であれ絵であれ、コンテンツから透けて見えるもの、あるいは根底に流れているものを人はキャッチアップしていると私は感じていて、その人の体験からくる考え方や大事にしていること。
それが「味」になるんじゃないかなと思っています。
つまり人間味とは、表に見える「コンテンツ」ではなく、その奥にある「コンテキスト」から感じられるもの。
だからこそ、これからの時代には人間味を醸成させるための時間。
そして、それを「考えるための余白」が大切になると私は思っています。
忙しない日常の中で、少しペースダウンして自分の人生を味わっていく。
その中にこそ、「人にしかできないこと」の答えがあるのではないでしょうか。
次は、「人にしかできないこと」の可能性を別の角度から模索したいと思います。
みんなが誰かのアンパンマン
人がAIをどう活用していくか?という幅が広がっていくのも、これからの変化の一つだと思います。
IT評論家の尾原和啓さんによると、「AI時代は目の前の人一人を助けられる経済効率性が上がる時代」であるとのこと。
どういうことかというと、資本主義社会ではマス(多数派)にウケるビジネスモデルが勝ち残ってきましたが、一個人がAIを使って作り出せるものが増えた今、「困っているこの人のために」というものを提供できる可能性が広がったということです。
身近なことを例にすると、例えば知り合いが「お店の求人チラシ作りたいんだけど、スタッフに作れる人がいなくて」と困っていたら、「じゃあ、チラシを簡単に作れるアプリを作るよ」とその人だけのために(もしくは同じことで悩む人たちのために)アプリを作って提供する。
こういうこと、既に今の段階でも可能ですよね?
特別な開発技術がなくても、ローコストで目の前の人の困りごとを解決できるようになる。
これはAIがなくてはできないことだし、でもAIだけでは実現しない、「人と人のつながり」の中でしか起こらないことです。
ここまで考えて、私はふと思いました。
なんかそういう、町中のヒーローがいたような……?
私たち日本人が必ずと言っていいほど子供の頃に見るアニメ。
そう、みんな大好きアンパンマンです。
AIが世界を救うスーパーマンだとしたら、人の方向性は、目の前で困っている一人を助けるアンパンマンなんじゃないでしょうか。
アンパンマンのマーチの歌詞、「なんのために生まれて なにをして生きるのか」は、まさに今私たちが直面している問いですね。
2025年NHKの朝ドラ「あんぱん」を見ていましたが、アンパンマンの作者やなせたかしさんは、「何のために生きているのか」を考え続けました。
優秀だった弟さんを戦争で亡くしたことも大きかったのでしょう。
やなせさんは「ひとはひとをよろこばせることが一番うれしい」という答えにたどり着きました。
みなさんはどう思われますか?
私も人生の中で、自分なりの答えを見つけていきたいなと思います。
これからは、人と人とのつながりの中で、みんなが誰かのアンパンマンになれる時代。
そう考えると夢が広がりませんか?
アンパンマンは自分の顔をちぎって与えますが、現代の私たちは、自分の心を満たして溢れた分、仏教で言うところの「余剰」で目の前の人を助ければいいと、私は思っています。
今回はAI活用をテーマにしましたが、あなたの体験から出る一言が困っている誰かを救うこともありえますし、人とのつながりの中で色んな可能性が見えてきますね。
Substackもそんな可能性を沢山秘めているように感じています。
「人生の余白」のすすめ
やなせさんは、絶望の隣にはいつも希望があると残しました。
私も自分自身の体験から、この言葉を実感しています。
物事には常に陰陽があり、そして太極図が示す通り、陰の中にも陽があり、陽の中にも陰があります。
AIによって「仕事が奪われる」と捉えるか、「人が人らしく生きられる時代が来た」「誰かのアンパンマンになれるかも!」と捉えるかは、私たち次第ですよね。
東洋思想には「球体思考」という、あらゆる角度から物事を見る思考法があります。
私たちは自分の慣れ親しんだ見方で物事を捉えがちですが、「球体思考」で色んな角度から物事を眺めてみることも、今のように正解のない時代には必要だと思っています。
情報過多の忙しい日々から一呼吸置いて、自分と、人生と向き合う時間。
球体思考で色んな方向から、物事を捉え直してみる時間。
何かを無心に作ったり、自然と触れ合ったり、自然体で生きられる時間。
一日の中に、そんな「人生の余白」の時間を持ってみませんか?
きっとその時間が知らないうちに、「人間味」を熟成させ、「あなたが誰かのアンパンマン」になる可能性を広げていくのだと思います。




「絶望の隣にはいつも希望がある」
その言葉を読んで、数年前の絶望から今こうして笑っていられるのも、きっとそういうことなんだなって思いました。
球体思考でいろんな角度から物事を捉えていきたいと思います。
とても考えさせられる記事でした。ありがとうございました。
AI時代の人間味を「コンテンツ」ではなく「コンテキスト」から出る味として捉えているところが印象的でした。
スーパーマンではなくアンパンマン、という比喩も好きです。
世界を一気に救うより、目の前の1人に届くものを差し出す。
そのためにも、自分の中に余剰を持つ時間が必要なんですよね。じわじわ残ります。